VOICE #5 みうらじゅん(イラストレーター/タレント)

TENGA
VOICE
#5

みうらじゅん

「TENGAを神社の境内裏とかに置いて回ろうかと」

みうらじゅん
(イラストレーター/タレント)

21世紀、かくもオナニーが市民権を手にしているのには先人たちの偏見への戦いがあったこと、教科書も語らず、私たちは知らない。平和も、言論の自由も、オナニーの市民権も、人類は戦いの末手に入れたのだ。日本のオナニー市民権の立役者、みうらじゅんが語る、その解放の歴史、そして人類が手に入れた最強・最適なTENGAについて。

みうらさんは日本におけるオナニー解放運動の立役者としても知られているわけですが、どんな風にオナニーを始めたのですか?

「初めてのオナニーは、仏像ブームが来た時と同じなので小学校4年生の時。近所の秋山くんの兄さんがオナ先(オナニーの先輩)でダンボール箱の角に擦りつけるのを教えてくれてさ。すぐに昇天したけどザーメンは出なかった。小さい頃からオナニー環境は揃ってたんだよね。ひとりっ子で、自分の部屋もあったし、潔癖症でウンコの時も全裸で、“全裸オナニー”をすぐに覚えた。全裸でベッドに飛び込み、大地に擦りつけるあの方法を。でも、部屋の鍵がかからないからバレるんだよ。『泳ぎの練習です!』って親に言い訳するんだけど、パンツ、はいてないからね。親父に『たいがいにせい!』って怒られながらも毎日してた」

毎日!

「そう。で、毎日したいから小6の修学旅行用に、服を着たままトイレで座ってやる訓練をしたんだ。修学旅行がなかったら、いまだに全裸で大の字でオナニーしてたと思うよ」

イラストレーターへの道とオナニーは無関係?

「10代の頃から黒い下着の女性が縛られてる姿を見るとやけに興奮した。1960年代当時、工事現場には、神様の仕業としか思えないような置き去りのエロ本がたくさんあったんだけど、普通のヌードが多くて、自分的には盛り上がんないんです。だから、自分で写真にペンで黒い下着と十字架縛りの絵を描いてオナニーしてた。でも、親に見つかりたくないから1回で捨てる。で、この絵を繰り返し描いてるうちに絵が上手くなって、イラストレーターになったんだよね(笑)」

素敵なエピソードです。そうした“ヒメゴト=オナニー”の解放へのきっかけは?

「大好きなアーティストの日記本を読んでたら『NYへ行く。ジャスパー・ジョーンズに会う。オナニーする』って書いてあった。大人がオナニーをカミングアウトしてたことが衝撃的で。この仕事をするようになって、いろんな所でオナニーについて書きまくりました。結果、世間でオナニーがライトになったよね。でも、オナニーの大事な要素は“うしろメタファー”ですから、『オナニーをライトにしすぎたかな?』っていう反省もしてます(笑)」

なるほど……そして時は流れ、21世紀、TENGAの登場!

「正直、今の若いヤツらがうらやましいですね。でも“うしろメタファー”を忘れないでほしい。カッコいいオナニーなんてない。オレもTENGAは全部使ったし、ずいぶんとお世話になってる。洗って繰り返し使えるTENGA(フリップシリーズ)を使用後に洗いながら、『俺、何してんだ?』って思う瞬間を大事にしています」

オナニーは奥が深いですね。

「オナニーしてる時の男は、何してる時より“マジメ”。仕事してる時よりも。セックスはふざけてするヤツいるけど、オナニーをふざけてやるヤツいないでしょ?いちばんマジメな瞬間ですよ」

21世紀以降のオナニーは?

「60年代、神様が工事現場にエロ本を置いていったように、俺もTENGAを神社の境内裏とかに置いて、21世紀のオナニーの物語を語り継ぐ役目を果たそうか考えています。」

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みうらじゅん
1958年、京都府生まれ。
イラストレーター、漫画家、小説家、ミュージシャン、タレントなどその活動は多岐にわたる。

1980年『月刊漫画ガロ』でデビュー。自身が生み出した造語「マイブーム」で、97年には新語・流行語大賞受賞。また、仏像のマエストロとしても知られ、「阿修羅ファンクラブ」の会長も務める。

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